理事長所信


公益社団法人 長野青年会議所 2016年度理事長所信 中島 政宏


磨く

中島理事長


はじめに

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私が長野JCに入会して10年、多くの事業を経験した。そこには多くの先輩方が心血を注いできたまちづくりへの想い、そして人を心から大切にする姿を間近で見てきた。あらゆる事業の創造、メンバー同士の自己改革とはJC運動に対する真摯な姿勢そのものだと信じている。時間も労力も惜しまず率先して行動に移してきた青年の証である。まちを元気にする気概、人を慮る心を次代に繋げていくことを使命に、2016年度理事長として行動し果敢に挑戦する年としたい。

日本の青年会議所は、戦後の混乱の中「新日本の再建は我々青年の仕事である」という理念の基、勇気と情熱、そして高い志によって設立された。それが瞬く間に日本全国に広がり、1953年わずか25名の青年によって長野JCが誕生した。創立以来62年の永きに亘り先輩方の熱い情熱と高い志によって、明るい豊かな社会の実現に向け、このまちと協働して数多くの事業を展開し、課題解決に真摯に取り組まれてきた。我々はこの輝かしい歴史に敬意を表するとともに、その功績と伝統を胸に刻み責任ある行動をとらなければならない。我々の行動する姿、愉しくJC運動を推進する姿こそが、まちに、そして人に伝播し、地域にとって必要とされる団体になると信じる。

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何ごとにも相手の立場に立って真心を尽くす。最後まで誠意を貫き通す。今も続けている剣道を通じてこの言葉を知った。混沌とする今、JCしかない時代からJCもある時代と言う言葉を耳にすることが増えた。私は、だからこそ青年会議所しかない時代だと考える。真の明るい豊かな社会の実現に向け、我々JAYCEEは、青年経済人として、このまちに住まう一人として同じベクトルを持って学び、何事にも果敢に挑戦しよう。そして、相手のことを考え、真心を持って誠意を貫き通そう。

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私は、これからも長野を拠点に生活を営む。だからこそ、このまちに人に未来の希望を持つことは必然である。起業して14年が経つ。会社経営では、人との繋がりを求め突き進んで来たが、常に孤独を感じていたのも事実である。会社においては自己中心的で、従業員のことを考える姿はなく、当然私を叱ってくれる人はいなかった。20代の若造が社会を軽く見ていたのかもしれない。根拠のない自信を持って自惚れていた時、長野JCに出会った。それは、私を真剣に叱ってくれる先輩との出会いだった。当時の私からしてみれば、業種も違えば、顧客も違い、一銭の価値にもならないことへのこだわりを持った先輩だった。叱ることはもの凄いエネルギーを使う。誤解しないでほしいのは、何も叱れる人が凄いと言っているのではない。私と真剣に向き合い、何の得にもならないと思えることに情熱を注ぐことができる。それは、過去に感謝し、今を生きる責任と勇気を持ち、未来に希望を繋げられる人の姿であった。私自身もそんな人になりたいと強く願う。そして、そんなメンバーが溢れる長野JCであることを強く願う。

信頼される組織

信頼される組織とは、健康でなければならない。怪我や病気が無く、依頼された事項を滞りなく遂行し、期待されている成果を残す組織。それを積み重ねることによって信頼を得る。人体の健康を考える際、最初に頭に思い浮かぶのは心臓である。心臓は血液を全身に巡らせるポンプの役割を担っており、止まれば人体は近く活動を停止する。組織におけるこの心臓にあたるのが、総務と財務の業務であると考える。組織とメンバーを支える総務は一定のリズムを刻む鼓動であり、LOMが預かっている貴重な浄財を血液に例えれば、この血液を絶え間なく全身に循環させるのが財務である。公益社団法人としてルールを遵守することは当然であるから、事業費全ての使途について、審査を付託された責任と権限の下、相対支出と費用対効果の観点から適正かつ厳正な運営を心がけなければならない。しかし、だからといって感情の一切立ち入らない冷たい組織になってはならない。なぜならば、組織を構築しているのは人であり、人はそれぞれが熱を持つからだ。ルールや適切な手順を遵守しながらも、血の通った運営を行うことは組織に輝きをもたらすと信じている。形式だけに捉われることなく、人間味溢れる組織を構築したい。

組織としてのブランドを高める

我々が推進するまちづくり運動をどれだけの市民が知っているだろうか。長野JCは、殊更外部に対しての発信力が弱いと感じる。メンバーが情熱を注いで創り上げた事業も、効果的な発信を行わなければ、その価値が薄れてしまう。まずは、ひとづくり団体、まちづくり団体として、一人でも多くの市民にJC運動を強く効果的に発信することが大切だと考える。インターネットが発達した昨今、一方的に情報を発信する時代は終わり、欲しい情報を自ら手にする時代となった。だからこそ、より有効な伝達手段を模索することで、長野JCが行う事業がよりクローズアップされ、より多数の市民の目に触れるよう、事業の広報支援を行いたい。また、素晴らしい事業とは、人づてに口コミという形で広がりを見せる。デジタルだけではなく、アナログな手法についても研究し、企業や市民と直接繋がる広報を展開したい。そして、外部への発信だけでなく、より良い運動推進のために、客観的な視点から事業を検証することは、改めて事業を見つめ直す機会となり、長野JCのブランド向上に繋がると考える。

例会は与えられた機会

長野JCに入会し「例会は義務出席」と教えられた。例会とは、メンバーが一同に顔を合わせる貴重な時間であり自己を磨く絶好の機会である。だから月に一度の例会を大切にしたい。事業計画から始まり準備、リハーサルそして当日と自らが構想し創り上げる例会は、形式にとらわれず泥臭くても良いから真摯に向き合ってほしい。メンバーの発する熱い言葉一つひとつが魂の籠もった言霊となり、人の心を動かすのではないか。それが、その後の事業展開に関心を持たせ期待へと導く。例会に出席することは、仲間の努力や成果を感じ、頑張っている姿に共感し認めることに繋がるのだ。だから、仲間が必死に創り上げた例会に出席しよう。メンバーの参加意識の変化は、各委員会事業を実り多きものにすると考える。毎月行われる例会を事業構築の原点とし、メンバー同士の仲間を慮る心が、長野JCを更に高いステージへと推し上げ、魅力ある組織となる。人に対する機微を全メンバーに感じてほしい。

会員拡大は青年会議所運動そのものである

会員拡大に携わったメンバーであれば、誰もが気づく真実がある。組織の活力を維持するという視点において、会員拡大は青年会議所運動そのものだということだ。メンバーが共有する運動目的は、JCI ミッションの中に明確に記されている。

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青年会議所では、メンバー一人ひとりの強い志と向上心が地域社会の発展と個人の成長に繋がる事業を築き上げる。その実践からものごとを学び、個人の能力と主体性を高めるのだ。つまり、ひとづくり、まちづくりの源は自己研鑚と言える。その積み重ねが明るい豊かな社会の実現に繋がるのだ。新しく迎え入れるメンバーに、まだ見ぬこの組織の魅力を伝え「ポジティブ、チェンジ(積極的な変革)」の機会を提供する会員拡大は、紛れもなく青年会議所運動そのものである。今年度も長野JCが組織として成長を遂げるためにも、一人でも多くの新入会員をメンバー全員で迎え入れたい。

出向という機会

本年も長野JCを代表して多くのメンバーが日本JC、北陸信越地区協議会、長野ブロック協議会へと出向する。出向とは自らを成長させる場として、自らの可能性を見出すことのできる機会である。もちろん、幾ばくかの犠牲を払うことも、責任を背負うことも必要となる。しかし、同年代のそして同じ志を持った、LOMにいただけでは決して交わることのないメンバーがそこにはいる。育った地域や環境の違うメンバーとともに事業を展開することは、自身が研磨される絶好の機会である。ぜひ、出向というダイナミックな運動から多くの感動や達成感を経験してほしい。そしてその経験をぜひLOMに持ち帰ってほしい。長野を、そして長野JCを代表して出向するメンバーが増えるということは紛れもなく長野JCの財産であると同時に原動力であると信じるからだ。だから、世界、日本各地で縦横無尽に活躍する出向者を精一杯応援しよう。出向者の発信の場である各種大会で行われるセミナーやフォーラムには、積極的に参加しバックアップしたい。出向者がどんな活動をしているのか、そもそも出向とは何なのかということに触れる機会は、必ずや我々の貴重な学びとなるはずだ。

JAYCEEとして、リーダーとして

日本は、戦後目覚ましい経済発展を遂げてきた。1955年から1973年までの20年弱、実質経済成長率が10%を超えた高度経済成長は、日本を世界有数の経済大国へと押し上げ、平和と安定をもたらした。しかし、現在「平和ボケ」という言葉が聞かれるように、平和に慣れすぎてしまい、何か問題が起きても他人任せにする者が多いと感じる。今を生きる我々には、自立した大人としての主体性、自ら先頭に立つ行動力、そして相手の心に働きかけ人を動かす力を養う必要があるのではないだろうか。これらは我々JAYCEEが備えるべき「リーダーシップ」であると思う。様々な問題を決して他人任せにせず、各々が英知と勇気と情熱をもって行動し、互いに切磋琢磨することにより「リーダーシップ」は養われる。本年は真のリーダー育成を見据えて、人財育成や資質向上に一層力を入れ、メンバー一人ひとりが学びを得る機会を創ろうと思う。自らの理念やビジョンを模索し、JAYCEEとしてあるべき姿を探求し、その志を貫き通す強い実行力と責任感を体得する育成の場だ。長野JCに伝わるヤングブルーの精神を腹の底に据えた真のリーダーの育成を目指し、次代に繋げる光明とするべく情熱を注ぎ込みたい。

地域との繋がり

昨年、日本を代表する7年に一度の盛儀である善光寺御開帳が終わり、大型施設の大規模な改修工事が終了した。所謂エポックイヤーを終えた本年、我がまちは更に変化し、新たなステージに挑戦しなくてはならないと考える。我がまちを進化させるためには市民がまちを想い、未来を考え、まちづくりへの積極的な参加を推し進めなければならない。ただし、忘れてはならないのは、我々メンバーも市民であるということである。だから、地域と連携する運動を推し進めることはやはりJCにしかできないのではないだろうか。地域との連携に必要なことは、自らが気概と覚悟を持って積極果敢に相手の懐に飛び込むことだ。その志をもって、連携の可能性を見出したい。2012年にながの祇園祭御祭礼屋台巡行の毎年開催が復活した。これも市民との協働で行われるまちづくりの一つの形である。本年もより強固な連携の形を探究し、人とまちの活力ある交流を推進したい。また、長年歴史を積み重ねてきた志を同じくする近隣LOMとの交流を継続する中で、未来に向けた交流の在り方を展望することも必要である。各LOMのメンバーと議論し、創立から現在までの運動を踏まえ、現役メンバーの考える未来を創造したい。

国際の舞台

異文化を知ることは、自国の文化を改めて見直すことができる機会である。相手の立場になって物事を考えることや互いの文化を理解することができれば、相互理解や相互協力の関係が一歩ずつ確立される。国際都市を目指す長野市は近年、まちに多くの外国籍を持つ方々が増えたと感じる。遠く離れた異国の地に赴かなくても、我々が国際交流をする機会は身近にある。思い返せば、1998年に開催された冬季オリンピックは我々に様々な財産を残した。有形の施設はもちろんのこと、市民のホスピタリティ精神も無形の大きな財産だ。今後も今まで以上に、長野の魅力を外国の方々に発信し、互いが交流できるまちを創造したい。国際交流の機会を創造し、日本人と外国人相互の理解を図ることで、国際都市長野に繋げよう。また、長野JCは永きに亘り、姉妹JCであるソウル江北JCと友好JCである台中JCと交流を行ってきた。両LOMともに毎年現地に赴き重ねられてきた、言葉の壁を乗り越えた交流の歴史は脈々と息づき、今の長野青年会議所の一部を形作っている。互いが自らの国の文化や経験の中で得た、心とこころが通い合う交流の実現を本年も目指すとともに、交流のみに捉われることなく、互いの共通理念を今一度議論したい。その中で、協働の方法や未来を担う子どもたちが本当の意味で国際感覚を身につけられる機会について考え、そして我々も民間外交を推進する一人として、国際的な繋がりを見つめ直したい。

責任世代の親として

現在、物質的には何でも揃っている社会になった。その反面、少子化や核家族化の進行とともに子どもたちの心の豊かさが失われつつあるのではないかと感じる。社会的規範が崩壊しつつあると言われる今日、家庭においても親子のコミュニケーションを通じて養われるべき道徳心が薄れてきており、信じられない事件がメディアを賑わせている。次代を担う子どもたちが未来に向けて夢や希望を持ち、心身ともに健康な成長をするためには、大人が責任を持ち、いつの時代も変わらない道徳心を醸成する機会、また社会に触れる機会を積極的に創出していくことが必要だと考える。学校での授業の他に、社会経験の豊富な地域の大人や我々青年が、豊かな心の成長を積極的かつ継続的にサポートしなければならない。学校がやってくれるだろう、地域の大人がやってくれるだろう、最後は誰かがやってくれるだろうと、大人や家庭、まして青年である我々までが他人任せの傍観者では、次代を担う子どもたちの豊かな人格形成は為し得無い。自分たちのために真剣に取り組む大人の背中を見て、社会に触れながら道徳心を育んだ子どもたちは、彼らが大人になった時、まだ見ぬ未来の子どもたちにその背中を見せてくれるはずだ。それが、幸せなまちの未来創造に向けた、大きな一歩になると確信する。子どもたちを変えるのではなく、まずは自らが変わるという気概と覚悟を持ち、我々責任世代が率先して行動しよう。

郷土信州の可能性

我々の愛する故郷を未来にどう継承するべきか。我々の故郷信州が保有する雄大な自然や、風光明媚な景観は貴重な財産であり「たから」である。この「たから」をより良い形で未来へ継承することがまちづくりの一つの形であると考える。これまで長野JCは様々な中山間地域活性化事業に取り組み、特にここ数年は人口減少対策に着目し積極的に推進している。豊かな自然に囲まれた中山間地域は、人口流出と超少子高齢化による深刻な人口減少問題に直面し、それはそのまま中山間地域の活力の減退を意味している。自然や景観を単に保全するだけでなく、人の想いとそれに伴う行動による活力に満ちた中山間地域こそ、次代に残すべきものであるという視座を持ち、本年は人口減少に歯止めをかけ、活力溢れる地域を創出する事業を展開したい。そのためには、地域の方々と協働した事業展開が必要不可欠だ。「長野JCはスターターだ」と先輩より教えられた。長野JCで立ち上げたひとづくり、まちづくりの事業を、同じ問題意識を持つ市民に引き渡すことが、JC運動本来の姿であるという意味である。単年度制の枠に捉われることなく、地域住民や行政の懸け橋となるべく協働の形を模索し、市民の共感を呼ぶ魅力的な事業に創り上げなくてはならない。郷土信州の持つ可能性と中山間地域に住まう方々の想い、そして我々青年の持つ斬新な発想と突破力を相乗させることで、未来のまちをデザインしよう。また、我々の取り組みを県内外の方々へ積極的に発信し魅力を伝え、そこに住みたい、移住したいと思える環境を整えることで次なるステージに進もうではないか。

門前町長野の財産

長野のまちを語る上で欠かせないのは善光寺、そして善光寺を中心に栄えた門前町の魅力である。今後まちが更に発展していくためには観光戦略は欠かせない。現在、観光立国を目指す日本には、外国人旅行客が増えている。しかし、それにともなうインバウンドは国際空港を要する大都市圏に限定されている現実がある。それは、大都市に訪れる外国人を長野へと呼び込むことができる大きなチャンスであるとも言える。世界各地へPRするためにも、門前町長野を世界に向けて発信したい。2月には、冬季五輪開催都市として平和を願う灯明まつりが、厳しい寒さの中、今年も善光寺を舞台に開催される。長野市内外に住む一般市民はもちろん、ウィンタースポーツを目的に訪れた多数の外国人が、幽玄な光に導かれ訪れるような日本を代表する冬の祭りを目指したい。日本に住まう老若男女だけでなく、宗教や人種を越えて世界中から門前町長野に多くの人が訪れる灯明まつりに昇華させよう。また、第13回を数える灯明まつりは祭りの在り方、運営の在り方において進化の時期を迎えている。様々な問題に真摯に向き合いながら、今後も灯明まつりが継続して運営できる仕組みを模索したい。

市民総和楽・総参加

善光寺には300年もの間、燃え続けている「不滅の常燈明」があり、その燈を頂きまちの隅々まで採火することで、長野びんずるが始まる。創始の「火と水と音楽と若者たち」から昇華し、夏の風物詩となった長野びんずるは間違いなく、長野を代表する市民祭である。本年の長野びんずるは、一年で一番暑くなる時期に、まちや人が熱狂する祭りにしたい。祭りには「祈り」「感謝」「願い」といった日本人の「生きるための想い」がすべて集約されている。だからこそ、運営側もそれなりの労力や時間を要して運営する必要がある。事務局メンバーは長野を背負う気概と覚悟を持ち、故郷長野に感謝して、祭りを創り上げてもらいたい。それが地域との絆を深め、人との結びつきを強くする長野びんずるになる。「祭りは生きがい!」「一年は祭りで始まり、祭りで終わる」と言う人が増えるような第46回長野びんずるを企画運営し、新しい1ページを歴史に刻みたい。また、祭り当日の人びとの熱気や匂いは、祭りに参加しないと経験できない。多くの方に祭りの魅力を生で味わってもらうべく、観客が思わず踊りの輪に飛び込むような「市民総和楽・総参加」を実現しよう。

結びに

昨年、親父が急逝しました。実は、まだまだ親父は元気に過ごすと漠然と考えていました。私は会社を継ぐことはないのですが、本当の意味で心の支えをなくしたことは事実です。「人生において自分の代わりはいない。ちょっと苦しくなってきたから、自分の人生を代わりに生きてくれる人なんていない」だから「家族を幸せにし、守るのは自分なのだ」と覚悟したことを、今でも鮮明に記憶しています。自立の瞬間でした。そんな親父の口癖は「地に足付けて生きろ」という言葉で、生前耳にたこができるくらい聞かされました。親父から受け継いだ人生のバトンであり、確かにそのバトンを受け取りました。地に足付けて生きるとは、今の自分がいる座標を明確にし、そこから少しずつ確実に成長することです。自分の今の座標は、周りにいる人によって明らかになり、その人たちと多くの想いを交わし合うことで、人は少しずつ確実に成長します。求めなければ何も得られず、成長もありません。それはJCに限ったことではありません。人はひとでしか磨かれません。求めた人がひとによって磨かれます。長野JCメンバーが互いの覚悟と想いをぶつけ合い、磨き合い、少しかもしれないけれど確実に成長できる1年であって欲しいと願います。出会った全ての人に感謝の心を、そして礼節をもってともに駆け抜けましょう。

 

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どうぞ一年間よろしくお願い致します。